20101029

意 見 陳 述

原告 嶋田ミカ

 

 私は20074月から龍谷大学経済学部特別任用教員助手として,経済学部サービスラーニングセンターに勤務していました。昨年200964日実質的なセンター長であった教務主任佐々木淳先生から,学部長名の「経済学部特別任用教員助手の任期満了にともなう業務引継ぎについて(お願い)」という文書を渡されました。突然の雇い止め宣告でした。理由を尋ねても「3年の契約期間が終了したから」の一点張りで,それ以上の説明はありませんでした。

 2007年初め頃,指導教授の中村尚司先生から「経済学部で助手を募集するから応募したらどうか」というお話がありました。私は3年の有期雇用であることから躊躇していたのですが,人事審査委員長でもあった中村先生から「通例1回は更新されるから」と勧められ,228日に応募書類を提出しました。確かに同じ特別任用教員である鶴見良行,竹中恵美子,田中宏の諸先生方も,年齢制限枠ぎりぎりまで2-3回更新され,「定年」を迎えていました。また,採用時に事務方からも,これらの先生方と同じ学内規定が適用されるという説明を受けていたので,1回は更新されるということに全く疑いは持っていませんでした。

サービスラーニングセンターの2人の助手のうち山田一隆さんは,自治体のインターンシップなどの国内の学生活動の支援,私は海外でのフィールドワークやスタディツアーの支援を担当しました。私はツアーに参加する学生を発掘するために,フィールドワークの授業に説明に行ったり,経済学の学生を対象とした説明会の開催,チラシの配布などの広報活動に力を入れました。その結果,昨年度は15名がエントリーという実績をあげました。それにも関わらず,突然,使い捨てのように雇い止めするのは,龍谷大学建学の精神「共生(ともいき)」とまったく矛盾しているのではないでしょうか?

私にとって龍谷大学は94年から修士,博士,特別専攻生,非常勤講師などとして16年間を過ごした母校です。社会人として壁にぶつかって,たどり着いた龍谷大学経済学研究科民際学コース。ここで私は素晴らしい諸先生に恵まれ,研究の楽しさを知り,人生で最も充実した日々を送りました。職員の方々も皆親切で,私は龍谷大学が好きでした。その気持ちは今も変わりません。愛着があるからこそ,もう一度職場に戻って,母校のために貢献したいのです。

雇い止め宣告を受けて,私はすぐに龍谷大学教職員組合に支援をお願いしました。200910月の説明会,12月と3月に2回の役員団交を行いましたが,大学当局から納得のいく説明はありませんでした。年度末の契約期間終了後も,私自身はもちろんのこと,弁護士や龍谷大学教職員組合,京滋私大教連からも大学に解雇撤回の申し入れをしましたが,大学当局の態度は頑なでした。そこで,やむなく,75日に京都地方裁判所へ提訴に踏み切りました。

 提訴に当たって,有志の皆さんが「嶋田ミカさんの雇用継続を求める会」を立ち上げてくれました。代表は田中宏先生,呼び掛け人には竹中恵美子先生や中村尚司先生,法学部の脇田滋先生も加わってくださいました。そのお陰で,600を超える個人と団体から賛同が集まりました。また,龍谷大学の学生の中にも支援の動きが生まれていて,1025日には龍谷大学で集会が開かれました。賛同の中には,「私も明日から来なくて良いと言われた」「自分も今年度で雇い止めです」「匿名ですが,今の大学の雇い方はひど過ぎる」「雇い止めで人生を絶たれた」などの悲痛な声がたくさんあります。大学における有期・非正規雇用の問題が多くの人を苦しめている社会問題であることを痛感しました。

 大学の有期雇用に苦しむ多くの声なき声に応えるためにも,公正なご判断をお願い申し上げます。